熊本地震。大木聖子先生の言葉「語り継ぐんじゃなくて防災を習慣とか文化に!」

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九州は地震が少ないと言われていましたが・・・今回、大きな地震が発生し驚きました。

私たちが暮らす鹿児島は4月16日(01:25頃発生)の本震は震度5弱でした。

震度5弱でも揺れて非常に怖かったですが、

それ以上の揺れを経験された方は半端ない怖さだったと思います。

地震はいつどこで起きるかわからない、明日の被災者は自分かもしれないと改めて考え直しています。

 

本田選手はサイト上で「僕にできることは微力で何もありませんが、日本人としてイタリアからただただ気にしてます。心配してます。応援してます」とコメント。その上で「こういう時だからこそ、各々(おのおの)に与えられた役割を行動に移すことが求められているんじゃないでしょうか」と訴えた。

「『批判をされるから』という理由で自粛してるのなら、それはありえない」と言い切り、「本当に被災者らのことを思うなら、自粛どころか積極的にやるべきでそれを通じて何ができるかを考えたほうが良いんじゃないでしょうか」と疑問を投げかけた。

「各々に与えられた役割を行動に移すことが求められている」とのコメントを読み、

熊本地震に対する義援金や支援金に寄付しか今は思いつかないけど自分ができることをしたいなと思います。

あと自分が大規模な地震に遭ったときどうするかと考えることも今、できることですよね。

熊本地震の被災者以外の方へ。「自分の防災」と向き合えるのはきっと今だけです。」の記事。

記事中では地震学や防災教育をされている大木聖子先生のことが書かれてあります。

その中で大木先生は語り継ぐことに限界があると言っています。

何百年、百年に1回の地震で、それを語り継いでやるだけでは限界があると思うんですよ。すごい厳しい現実を今そういうことをやっている人たちに対して言う事になると思うんですけど、でもやっぱりそれを乗り越えてほしいと思う。で、その方法は、もう語り継ぐんじゃなくて、それが習慣とか文化になるしかないんですよね。

文化や習慣になっているということは、その場その場でゼロから考える必要がない状態をつくっておくということだと思います。大きな意味で、それはやはり「備え」をしておくということです。常に意識を高めておくことはできないからこそ、意識が低くても助かるように、身の周りの危険を最少限にしておく。そして最低限の行動ルールを体で覚えておく。

「古い家屋からは裸でもいいからすぐに出る」といった知恵をできるだけ多く頭に入れておくべきなど、

一人一人が自分で考えて、リスクを少なくしておく必要がある。

 

防災について改めてきちんと家族と話し合うおう!!

 

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koto

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おいしいもの、からだに良いこと大好き。あせらず急がずゆっくりと、自然に身を任せながら日々の暮らしを楽しんでいます。

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